講師紹介・早稲田大学 先進理工学部 石黒先生

講師紹介・早稲田大学 先進理工学部 石黒先生

こんにちは!あざみ野・たまプラ・新百合ヶ丘の学習塾/予備校のMySTEPです!今回は講師紹介として早稲田大学 先進理工学部 石黒先生を紹介します!
【出身地】大阪→神戸→横浜
【出身大学・学部】早稲田大学先進理工学部応用物理学科→先進理工学研究科
【学生時代の部活】弓道部
【趣味】天体観測、写真、登山、ゲーム、パソコン、数学など
【将来の夢】理論物理学研究者

石黒先生は2歳から公文に通い、小学校に入学する前にはすでに因数分解(中3レベル)を解いていたそうです!
本人は学校と間違えて公文に通っていたそうで、そのせいか楽しく勉強をしていたとのこと。
その後は塾に通わず独学で大学受験を戦ったそうです!
とにかく面白くて魅力的な先生です!
公式を丸暗記してあてはめるというよりも、公式の成り立ち、原理原則などを熱弁してくれたり、
「この生徒にはどのような教え方がよいのか?」と一人ひとりに合わせた指導を考えてくれる頼もしい存在です!
「分かりやすい」「話しやすい」と生徒からも人気があります。
それ以上に人気がある理由としては「楽しそうに教えてくれる」という点です!
先生が楽しそう」ということは、「良い授業・講師とは何か?」というテーマにとって非常に大事なポイントととなるのですが、詳しくは後日ブログでお伝えします!
何か特別な熱を持った先生であることは、この紹介文を最後まで読んでもらえれば、伝わると思います!
石黒先生にも受験生へのメッセージと、勉強法、出身大学についての紹介文を書いてもらいました!
他の先生と同じように依頼したのですが、卒論そっちのけで、超大作をつくってくれました。笑
内容も独特です。参考にしてみて下さい!

【受験生へメッセージ】

~大学受験生へ~

受験勉強全然始めていない方、もうそろそろ始めないと・・・と思いながら面倒くさいと思っている方、バリバリ焦っている方まで様々だと思いますが、少しでもお役に立てればと思いここに私の経験談を記します。

大学受験の動機と怠惰の回想

私は子供の頃から夢だけは常に持っている人間でした。
幼稚園から小学校にかけて、買い与えられた様々な図鑑を読み耽り、特に現在でも販売されている「ポケット図鑑シリーズ」の「地球・宇宙」は本が裂けてバラバラになってしまうほどでした。
また「ドラえもん」が大好きで、しつこく漫画や雑誌をねだって親を困らせた記憶があります。
とにかく、子供特有の好奇心があの頃は暴発し、新しいことを「知る」ことに半ば取り憑かれていたと思います。
中でも今後の自分の方針を決定付けたのは「タイムマシン論」という二間瀬敏史さんの一般向け科学図書でした。
(現代物理学では因果律から通常の方法では出来ないとされますが、)子供にとって「時空」、「ブラックホール」、「超光速」等という単語の並びはかなり刺激的なものだったのです。
故に私はずっと漠然と理系に進みたいと心に決めていたのです。
しかしコレは後に大変な結果をもたらすのですが、自分はもとより怠惰の権化であって、特に何も努力しないまま、本当に「夢だけは」持っている人間となって中学生・高校一年生の学生生活を終えていくのでした。

(参考):ゲームのプレイ時間
「モンスターハンター2G/3rd」800時間!
「バトルフィールド3」600時間!
その他のゲームも含めΣ>2000時間!

ツケの支払い大会!過払い金など無かった高2~高3

しかし受験戦争の足音が聞こえてきた高校2年・夏のある日のこと、それまで胡座をかいていた私は志望大学へ行くためには2つも壊滅的な弱点があることに漸く気づきました。

まず一つ目、私は数学がさっぱりだったのです。
理系志望を標榜していたにも関わらず。
定期テストだけはそこそこだったのですが、模試の成績がそれはそれはもう本当に酷いもので、志望大学はE判定しか取ったことがありませんでした。
高校1年の段階では正直気にする必要は無いと思いますが、当時見聞きしていた情報によるとマジメにやっていれば高2の夏頃には上昇の「兆し」くらいは見えるべきだったのです。

ところがどうでしょう、高校に入ってから私の成績推移は平坦もいいところ、むしろ高1でマグレの成績を出したことがあったせいで大陸棚のような緩い下降傾向にあるほどでした。
これからA判定に乗せようと思った場合、エベレスト超えの急上昇が不可避とさえ思われるレベルだったのです。

二つ目の弱点は「あがり症」でした。
偉そうに(?) 部活は弓道部などと宣っていますが、いざ試合となると極度に緊張してしまって「早気(はやけ)」=狙いも付けずに矢を放つことを繰り返し、酷い時には他人の的に中る(あたる)等、もはや曲芸の域に達していました。
果たしてそんな私が、模試で普段通り問題に取り組むことが出来たでしょうか。
これは反語表現ですので、皆さんには是非漢文化して貰いたいです。

飛び出しそうな心臓をなだめるため、ハンカチは必須。
当時の私に最も必要だったのは数学や物理の勉強よりも、獣と化した精神を扱う調教師の勉強でした。
当時の私には後者に関してはどう頑張っても対策不可能であるように思えましたが、塾に通っていなかったので、計画は自分で立てる必要がありました。
そこで、まず
①基礎勉強を確実に固め
②高三で受ける様々な模試で本番慣れしていく
という戦略を取ることにしました。
科目毎の具体的な勉強法については次節に譲ることとしますが、結果としてこの戦略はある程度功を奏したように思えます。
受験関連の本に書かれている小手先のテクニックはあまり気にしなくて良いと私は考えています。

天下分け目の天王山!高校3年の夏

ちょうど受験勉強を初めて1年、又は部活を引退して暇人と化してからちょうど三ヶ月となった頃、一般に受験生にとって「是を制する者は受験を制す」等と知られている高校三年生の夏がやってきました。
私はもうこの頃はいい感じに受験勉強をする態度だけは出来ていましたが、相変わらず数学は大の苦手で、特に数学Aはセンターすら怪しく、二次試験にはとても対応出来ない状態でした。
前述の通り私には心配性のきらいがあったので、長い夏休みは丸ごと数学と、次に重要と思われる物理、化学に費やしてしまいました。
あまり良く覚えていませんが、当時流行っていた「スタディプラス」というサービスに記録したデータによると、600時間ほど(1日約15時間×40日)やったようです。
しかしあくまでコレは時間を稼ごうとしたのではなく、当時感じていたどうしようもない焦りの現れでした。

一つ強調しておきたいのですが、「高校三年生の夏は確かに重要」な一方、「夏だけ本気になっても追いつかない」のです。
当時の自分は食事もマトモに取らず、気が狂ったように勉強していました。
余談ですが、受験生の1年間で14kg (!) くらい痩せました。
(どんなダイエット法よりも効果があります。怪しいダイエット商法を展開すれば一発儲かるかもしれません。)
ただ、明らかに健康は失われました。
皆さんはこんなことをしては行けません。
日頃の努力の重要さが痛感されます。
この焦燥感の増強に一役買ったのが、この夏に受験した模試です。
当時志望していた東京大学の受験生には、通称「実戦」という模試が夏と秋にあります。
8月のはじめにある夏の実戦を手始めに受験したのですが、正直記憶にございません。
周りが全員同じ大学を志望する人間、というのは(トップの高校ではなかったので)初めての経験で、これがかなりのプレッシャーになったのです。
結果として数学等は緊張しすぎて何も解けず、人生最低の偏差値38を叩き出す惨状をかましました。
よく思い出せませんが、そのあとしばらく呆然としていたような気がします。
とにかく初めて本格的な模試を受けてみて、改めて私は上に述べた二つの弱点を思い知らされました。
しかし、負けず嫌いだったことが良く働き、くじけることはしませんでした。
むしろ中火程度だった私の心に、ガソリン100㍑くらいぶちまけられた気分になり、そこからはもうアホほど勉強したと思います。
まずは教科書と学校で配られた問題集を完璧にし、少々難しい問題集に取り組むというのをひたすらやった感じです。
こうして長い長い夏はあっという間に過ぎて行きました。

天敵!中だるみとの戦い!高3・9月~11月

夏休み明け、久しぶりに遠い所を見て焦点が合わない目をこすりながら登校してみると、クラスのみんなはいよいよ疲れ果てた表情をしていてまあ笑えました。
もっとも、自分の姿が下手すると一番やつれていましたが。
さて9月のはじめは、あの忌々しい夏実戦の結果が帰ってくる時期です。
前述の通り偏差値38男なので、先生に「どうするのコレ」みたいなことを言われた覚えがありますが、夏でかな~り勉強した(気がした)自分は過去の自分とは違う(と思い込んで)またゲラゲラ笑っていた覚えがあります。
今考えると、少し頭がやられていたのかも知れません。
実戦模試は秋にもあるので、そこで成果を出して見返して (誰を?) やろうという算段だったのです。
学校に通い始めると、勉強の時間があまり取れなくなります。私の場合は往復3時間半くらい消えるので尚更でした。
電車の中は専ら(夏の間余りやらなかった)英単語と文法に勤しみ、しかしちょっと集中出来ていない感じで過ごしました。
そうするとやってくるのが、「中だるみ」です。
これ今でも治っていないのですが、ちょっと焦りがなくなると、すぐだらけてしまうのが私の悪い癖です。
秋のこの時期にこれに陥ってしまう受験生は少なくないのではと思ってこれを書きますが、結果的にこの中だるみこそが最大の失敗だったように思えます。
秋は下手に学力がついているせいで、本質的にマズイ状態は何も変わっていないのに勘違いになりやすいのです。

10月、いよいよ秋の実戦がやってまいりました。
夏と違って秋は駿台予備校と河合塾が各々主催する二つの実戦を受けました。
河合塾のそれは簡単で、初めて冊子に乗ることが出来ました。
一方駿台のは相変わらず難しかったのですが、それでも以前より2倍~3倍は解けたのです。
結果、数学の偏差値は60-65程度まであがり、その他の科目も爆上げして当時流行した「ビリギャル」とタイマン張れるレベルでした。

しかし、これだけは言っておきたい。
模試のA判定ほど当てにならないものはありません!!
私は早稲田大学出身です。
つまりそういうことです。
A判定を出しても、決して必要以上に喜ばないでください。
A判定 =「このまま努力しましょう」という意味です。
これを絶対に勘違いしないでください。
勘違いすると、私みたいになりますよ。
ここで環境の重要さについて少し書いておきます。
私の当時いたクラスは勉強が好きな子が偶然多く集まっていたクラスで、いつも仲良くつるんでいた勉強仲間がおり、お互いに高めあうことが出来る環境でした(それほど良い高校ではなかったので、これは本当に貴重なことだったのです)。
仲間で数学や物理の議論をし、模試や定期試験の結果を競い合い、授業をサボり、先生に反抗し、自分達で精一杯努力しました。
先に中だるみの危険性を指摘しましたが、これのおかげで完全には堕ちきらず、楽しみながら勉強することが出来ました。
勉強仲間、というのはこのようにかなり重要で、モチベーションを高めてくれ自然と辛い時間を楽しみに変えてくれる存在です。
有るかないかではかなり変わってきます。
私は彼らに今でも本当に感謝しています。
彼らがいなければ今の自分は無かったと思います。
それ位大事な存在でした。是非これから受験する皆さんは、やる気スイッチが入った友人を持ってください。
人間、周りに引きずられるものです。
どうせ引きずられるなら、良い方に付いていけば良いのです。
そんなこんなで、アッという間に11月も終わり、冬の足音が聞こえてきた頃、受験生はセンター試験1ヶ月前を迎えます。

センター対策 &「お試し受験」!高3・12月~1月本番前

私ははじめからセンター試験対策は1ヶ月でやりきる(※)と決めていたので、12月に入った途端二次試験の対策は放り出し、センターの過去問やら対策本をやりはじめました。
この頃もう学校がなかったので、またほぼ1ヶ月の引きこもり生活となり、また地味に本番一ヶ月前であるという焦りで中だるみは漸く消滅していました。
二次試験対策でほとんど基礎は固まっていたので、慣れないマーク、誘導付き穴埋めという試験方式への対応が主眼でした。
とはいえ不安だった数学A、また二次と違い暗記が要となる化学の対策は飽きるほど行い、100点を取れるまでやりました。
また、おざなりにしていた倫理・政治経済も詰め込みを始め、一応9割目指せる程度には覚えました。
センターの過去問演習では総合で95%狙える程度までやり込んだ所で、もういいやと少し二次の過去問にも取り組みもしました。
今思えば、センター試験を軽視しすぎたのかも知れません。

一方であがり症の私は、主に二次を心配して受験が早い神奈川大の給費生試験を受ける等本番対策もやった形です。
結果はかなり良かったので、安心して受験本番を迎えることが出来ました。

いざ!センター本番 !高3・2月

年が明け、二週間程度でその日がやってきます。
私は横浜国立大学が受験会場になっており、下見もせず行ったので、また本当の本番前の雰囲気には結構焦らされました。
結論から言いますと、センター試験はやらかしました。
あれだけあがり症には気をつけていたのに、本番一発目の倫政で頭真っ白になってしまったのです。
これは65~70点程度に終わり、かなり意気消沈しました。
その他の科目も、沢山対策した数学I・Aと化学は満点を取ったものの、II・Bは時間が足りず9割届かず、物理も第一問でミスって100点を逃し、国語と英語はマジメにセンター対策やらなかった(小声)せいで8割、総合88%と結構同じ大学の志望者の中ではマズイ結果となりました。

センター~2次試験前 高3・1月~2月

センターが終わってから二次試験までの1ヶ月は、長いように見えてかなり短いです。
ほとんどの時間を東大の過去問25カ年に費やし、またセンターでやらかした国語と英語の修復にも追われ、併願した私大にいたっては過去問を一切解かないまま突っ込むという暴挙に出てしまいました。
本当に、皆さん。日頃の努力は大事です。
こんな受験生にならないでください。
サボったツケは絶対最後に精算の時がやってきます。
夢を追うなら努力は絶対に怠らないでください。
結局、私大は本格的に志望していなかったこともありリラックスして受験できました。
疲れからか試験前と解き終わってからは睡魔に襲われてぐーぐー寝てしまったので、かなり失礼な受験生だったと思います。
成る程、だからあの時試験官に睨まれたのかという感じです。
皆さんには私を反面教師に、どんなことでも、真摯に取り組む受験生になってもらいたいと思います。
結果としてそれが、本当に志望する大学の合格に繋がるので・・・。
ちなみに早稲田に関しては絶対落ちたな、と思いました。
過去問ちゃんと解かないと、結構大学毎に出題傾向が違います(当たり前)。
ちなみにこの時期東大直前模試という、駿台が慶應の受験日にかぶせてくる試験があります。
そのせいで私は慶應を受験していません。
模試の結果は、今までで一番良いものでした。

最終対決・二次試験!高3・2月。しかし最終とはならなかった。(落ちた)

1日目 <国語・数学>

いよいよやってきました、(前期)二次試験。
一年余の努力は全てこの二日間のためです。
理科一類志望こんなに居るのか・・・(絶望)という感じです。
自分と同じ名字の人間が一列にズラッと座っているあの光景、皆さんにも早くご覧頂きたいです。
なんだか、自分より優秀な代わりがいっぱい居る気がして、心に良いものではありませんでしたが。
一番心配していたあがり症でしたが、一番始めが国語で、とりあえず書けるだろうという安心感であまり緊張せず、また午後の数学も、東大では某サークルが時事問題をネタにした予想問題(適当)を配ってくれるので、昼休みは友人とそれを爆笑しながら読みふけり、緊張せずに受けることが出来ました。
結局本番の数学が今までで一番できました。
やはり最後まで仲間というものは大切です。
受験は結局個人戦、と言いますが、案外そうとも限らないと思います。
あれ?このまま行くと受かるのでは?とスキップしながら一日目は帰宅しました
二日目は比較的得意な理科と英語で、完全に油断していたのです。
まさかあんなことになろうとは・・・
当時の自分は予想だにしませんでした。

2日目 <理科・英語>

二日目、初っ端の理科が少し難しく、しかし十分得意な英語で挽回出来る程度でした。
しかし!
事件は、この昼休みで起こってしまったのです・・・。
いつものように、勉強仲間と楽しく話していたところ、誰が言い出したのかは分かりませんが、試験が終わっていないのに自己採点を始めてしまったのです!
試験途中の自己採点は、神々の遊びです。
普通の人は手を絶対に出してはいけません!
3人で神の領域に土足で踏み込んだ結果、私だけ物理の大問丸ごと答えが違うという宣告を多数決で受けてしまいました。
完全に終了のお知らせです。
本当にあの時は茫然自失も良い所でした。
あの本郷キャンパスの有名なアーチの中を心地よく吹き抜ける風が、一気に私ごと吹き飛ばそうとしている風になりました。

さて、午後は得意だったはずの英語です。
ほとんど記憶にございません。
オワオワリとかいうやつです。
終了しました。
最後に、自己採点は全部終わってからにしましょう

後期試験(東北大学)

今となっては完全にネタですが、とぼとぼと帰宅してから解答速報を見ると、なんとあの二人の解答がそろって間違えていて、私だけが完全に丸ごと正解していました。
あの時はまるでマッドサイエンティストのように、思わずPCの前で笑い転げた記憶があります。
当然、合格者一覧に私の番号はありませんでした。
あれは泣けました。本当に悔しいです。
秋にもっとマジメにやっていれば・・・とか、もっと前からやっていれば・・・という無駄な後悔ばかりが立ち上がってきます。
しかし、後悔先になんとやら、歴史にタラレバはあらず等と言う通り、全て意味がありません。

ともかく、後期試験がある所を探し、センター試験の出来的に出願できる東北大学の後期理学部を目指し、今度は過去問をしっかりやりました。
そっちは結局行きませんでしたが、合格出来ました。
番号を見つけると、あんなにもホッとするのか。という気持ちでした。

最後に

結局、合格した大学の中から、東京に残りたいという気持ちで今に至ります。
あの時受かっていたらどうなっていたのでしょうか。
意味の無い妄想ですが、未だに後悔する瞬間はあります。
一方で、仮にあの実力で入学しても、講義についていけて、競争率が高い学部学科・研究室に入れたかというと大いに怪しいです(東京大学には進振り制度、というものがあります)。
その意味では、身の丈に合った大学で、好きなことを究められるなら、それほど素晴らしいことはない、と思います。
大学受験はあくまで通過点ですから、結局全部自分次第です。
私は今の大学で、自分の最も志望していた素粒子理論の研究室に所属出来ました。
今は、高校生の時、本気で努力して良かったなぁと思います。
後悔だけが後に残るような結果にならないために、これから皆さんと頑張って行きたいと思います!

【最後に塾から一言】

石黒先生も他の先生と同様、まず自分の弱点分析から勉強を始めているのが分かるでしょうか。
石黒先生は自分の弱点を2点あげ、それぞれに対応策を自分で考えて行動しています。
受験勉強においてとても大事なことです。
塾や予備校に「通っている安心感」を持ってしまうと、この問題意識が薄れる傾向にあります。
なぜか?
当然のことですが、塾や予備校は、授業をするだけでなく、知識、勉強法、メンタルなど様々な観点から「弱点分析」を実施し、「対応策を提案」します。
(「分析」「対策提示」のない塾や予備校に通うことはオススメしません。)
つまり、自分で考えなくても「分析」と「対策提示」は行われるということです。
その結果、「言われたことだけやっていればよいかな」と問題意識が薄れる傾向にあるのです。
塾や予備校に通っているからといって、「思考停止状態で学習」=「自分で分析や対策提示をしない」とその後の勉強効率が大きく下がってしまいます。
塾や予備校に通っていない人はもちろんですが、通っている人も常に自分の弱点分析をして、対策を考えるようにしましょう。
ただし、「分析」や「対策」を自分で考えた場合、自分の都合の良いように「対策」を考え、暴走してしまう危険もあります。
塾や予備校の先生や学校の先生など、信頼できる人に相談しながら「分析」と「対策」の精度を高めましょう!

 

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